雑語

作画演出メモ

『リズと青い鳥』感想

 触れたら壊れてしまいそうで、形にしようとするととたんに消えてしまいそうで━━そんな「思い」を、ゆっくりと、繊細に、ていねいにえがき出した作品でした。以下感想。

 

  監督の山田尚子さんもインタビューで触れていましたが、『リズと青い鳥』(以下『リズ』)は『響け!ユーフォニアム』(以下『ユーフォ』)のスピンオフではあるけれども、そのフォーカスはそれぞれ別のところに当てられていたように感じます。『ユーフォ』は群像劇ではあれど(というかあるがゆえに)、物語は最終的に「北宇治高校吹奏楽部」という「集団」に収斂されていきます。一方で、『リズ』は鎧塚みぞれと傘木希美という2人のそれぞれの「個」が物語を貫く軸であり、「北宇治高校吹奏楽部」は「彼女たちが所属している集団」という極めてフラットな存在に過ぎません。『リズ』という作品について、われわれは単に『ユーフォ』の延長上の一部分としてではなく、別の切り口から生み出された新たないち作品として捉えていくべきであり、公式サイト上で『ユーフォ』について必要最低限しか触れられていないのはその証左といえるのかもしれません。

 

 『リズ』では、北宇治高校以外の空間がえがかれません。「あがた祭り」やプールに関するやりとりがあって、脚本としてはそこでのエピソードをちらと入れることもできたはずであって、そうするとこれは明らかに意図的な演出であるように思えます。進路希望調査に落ちる窓枠の影や、飛ぶ鳥を窓越しでえがく、あるいはその影のみを映したカットなどのモチーフとも相まって、閉塞的な印象を与えます。本来であれば「学校」という空間の外でもみぞれと希美との世界があるところをばっさり切り捨ててしまっているというのは、「そこに書かれている世界/時間しか存在のしようがない」という物語(ここでは童話)のもつ原理的な性質と呼応しているように読み取れます。すなわち、劇中童話「リズと青い鳥」の世界と、いまのみぞれと希美にとっての世界とはまさしくイコールで、彼女たちにとって、学校外でのことは地の文ないしは行間に過ぎないということの示唆のようにも思えてきます。

 

 劇中童話とクロスカッティングするような形でえがかれていくみぞれと希美との本編部分は、ひたすら繊細に感情が積み上げられていきます。西屋太志さんによるキャラクターデザインは、山田尚子監督がおっしゃるように、その線の細さから儚さを感じさせます。そのキャラクターたちを実際に息づかせるのは写実的というよりも“人間的”と形容するのがふさわしいような作画。挙動や表情が、それが本来表すはずの意味をそのまま表しているのではなく、その裏にある心情までもを掬い上げているような━━そんなまさに複雑で繊細な芝居を全編通してやり抜いてしまうあたり、さすがに京都アニメーションのアベレージの高さを意識させられます。

 作画・演出に加えて際立っていたのが音響と音楽です。音響監督は鶴岡陽太さん、音楽は牛尾憲輔さん。上履きのゴムのグリップ音、雑然とした教室の会話。そんな「日常の音」をベースとしながら、繊細な画面に寄り添った静かで緻密な劇伴。微妙なバランスで揺れ動く彼女たちの「思い」を、その緊張の糸の振動を観客に伝えてくれるような、非常によく設計された音響と音楽だと感じさせられました。

 

 ラストシークエンス、ここではじめてみぞれと希美が校外へと踏み出します。固定カメラで校門を横からとらえたショットで境界越えをするあたり、やはり校内/校外の意図的な分断を感じさせますし、劇中童話「リズと青い鳥」の結末に2人なりの解釈を見出すことができたからこそ越えられた境界でしょう。冒頭、北宇治高校の階段で、上段にいる希美から下段にいるみぞれに渡された青い羽根。このラストシークエンスでは、上段にいるみぞれに向かって下段にいる希美が素直な心情を改めて吐露し、そして最後には2人横並びになって笑顔で物語は幕を閉じます。上段/下段、上手/下手といった位置取りの部分はある程度「流して」観る必要があるのは事実ですが、私はこのシーンは演出として意識されたものに感じられましたし、希美の「物語はハッピーエンドがいいよ」という言葉が形になったのだとも思います。

 

 なんだかとりとめのない文章になってしまいましたが、全編通して“山田尚子節”が光る素晴らしい映画でした。石原立也監督による『ユーフォ』劇場版新作と、それから山田尚子監督の次回作に期待を寄せつつ。